先日、久々に弥助そばやに行ってきました。
弥助そばやといえば、創業200年の老舗そば屋であり、羽後町名物・西馬音内そばを語るには欠かせない名店です。

後継者がおらず将来を危惧する声も聞かれましたが、昨年10月に飲食チェーンの「ドリームリンク」(秋田市)と事業譲渡の契約を結びました。
弥助そばやの将来を同社に託した形となったわけですが、伝統が受け継がれていくことに変わりはなく、まずはひと安心といったところです。

西馬音内そばのパイオニア 創業200年の弥助そばや

 

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昼過ぎごろにお邪魔したのですが、運よく席に座れました。
一緒にいった者は天ぷらそばを。自分は冷がけの大盛りを注文しました。

天ぷらそば1,000円(税抜)

 

冷がけそば(大盛)800円(税抜)

 

普通、天ぷらそばっていったら”ざる”ですよね。
弥助そばやはこれなんです。これが伝統の冷がけそばです。

羽後町民は冬でも冷がけです。
コシがあってうまいんです。

余談ですが、日本将棋連盟の棋士番号1号である金易二郎名誉九段は弥助そばやの出身です。
三代目弥助の次男にあたるそうです。

先日、金先生の功績を称える頌徳碑(しょうとくひ)の移設に伴う記念式典が執り行われました。
当ブログでも紹介しています↓

将棋とも所縁のある羽後町

弥助そばやのホームページに、同店のそばのルーツが紹介されていました。

初代・弥助は、北前船に乗って大坂・砂場の地で修業し、蕎麦の製法を持ち帰ったと伝えられています。

初代・弥助が持ち帰った「白く細い蕎麦」は、当時、東北では見たことがないものだったそうで、街道を行き交う旅人や商人、地元の人々の人気を集めたといいます。
当時の町の賑わいと行き交う人々の喧騒に「弥助の蕎麦」の特徴である、しっかりと盛られた「冷やがけ」は大変喜ばれたようです。
やがて「弥助の蕎麦」は西馬音内の地域に根付いて、「西馬音内そば」文化へと広がっていったのです。

文政元年(1818)創業より、およそ200年。
「弥助そばや」は、当時の味と製法をそのままに、初代・弥助が持ち帰った蕎麦を守り続けています。

※江戸時代から続く蕎麦屋のうち、そのルーツは「更科」「砂場」「藪」の三系統とされています。
「更科」は信州、「砂場」は大坂、「藪」は山形の流れから三大のれんとなり、現代では、それぞれの蕎麦の配合や特性をもとに洗練され、独自の分野が確立されています。

当店「弥助そばや」は、大坂・砂場系統の配合にこだわり、蕎麦をつくり続けております。

引用元:弥助そばやホームページ

羽後町にお越しの際には、ぜひ1度は暖簾をくぐっていただきたいと思います。


所在地   秋田県雄勝郡羽後町西馬音内本町90

営業時間  午前11:00~午後2:00
※そばが無くなり次第終了

定休日   不定休